ちゃん、そろそろお家に帰ろ』







「・・・。」







駅ビルの中の書店で文庫本の棚を物色している最中、後ろからの名前が響いてきて思わず視線を向けてしまった。そこには、なんてことない。まだ少ない髪で左右に結い飾られた幼い女の子が絵本を開いていて、そこに寄り添う母親らしき女性の姿。と呼ばれた女の子は絵本に夢中で、母親の声に返事をすることはないようだ。
別にという名前ならば無差別に可愛いな、なんて思うわけではないけれど。







少し朧気になっている記憶の向こうの、幼い頃のと些か重なる。オレとおつかいに出て迷子になって、探して探して探した末に見つけたも、何かの絵本に夢中でオレの苦労は何処吹く風のようだった。けれど叱ってやろうと思い、いざ声をかけてみれば、は思い出したかのように泣きそうになったりして。・・なんかあの頃から妙な可愛さが、に対する好意が、あったような気も・・・しなくもない。







ぼやぼやと思い出を辿っていたら足に衝撃があり、はっとして下を見る。オレの足にぶつかり、今まさに後ろに転がりそうになっている"ちゃん"の小さい手を慌てて掴んだ。ガク、と首が大きく揺れはしたものの女の子本人は意外と大丈夫そうで、それよりもいきなり手を掴んできたオレに驚いたらしく目が恐怖を物語っている。とりあえず手を離して、女の子の目線に合わせる様にしてしゃがみ、大丈夫?なんて声をかける。すると上からすみません、と謝ってくる母親。いえいえ、なんて在り来たりにオレが返事を返せば母親が、お兄ちゃんにごめんなさいは?と子供に促すから、オレは立ち上がり大丈夫ですからと笑う。素直に小さくごめんなさいと言う女の子に、オレが偉いね、なんて声をかければ母親が再度謝り、軽い会釈をして子供の手を引きその場を離れていく。ドラマにでもあるような1コマに何とも言えない居心地の悪さを覚えた。
小さく溜息を吐いて本棚に目を戻そうと思えば再度後ろから、







「おにいちゃんばいばい」







なんて声が聞こえてきて、そちらを見れば今の女の子が手を振っていて、オレも笑って手を振り返す。
女の子が見えなくなった頃、ふとに決別の意味でバイバイなんて言われたらどんな気分になるだろうかと思い、そんなことあってたまるかと直ぐさまそれを塗りつぶす。今日はやけに冗談にしてはきつすぎる自分の考えに二度目の溜息を吐いた。















――。















「本屋これで何店目?」

「は?」







またあれから別の本屋へ梯子して目的の本を探している最中、唐突に後ろから声をかけられて振り向けば・・・どうして此処にいるのか双子の片割れ。







「ヒッ、見つけたからデビとにメールしなきゃ」







聞きたいことは山のようにあるのだけれど色々面倒なのでオレは何も言わずに目線を本棚へと戻した。しかし此処の本屋にも目的のものは無いようで、そうなるともう今すぐこの場を離れて帰りたいと思うのが本心。だがが出ていると知ってはそうも出来ない。
そんなオレを気にすることもなく、後ろで双子の片割れは何やら携帯を弄る。カチカチと忙しなく押されるボタンの音に心なしか苛立ちがその頭をもたげる。そしてそれを煽るようにして、突如小うるさい着信音が鳴り響く。







「モシモシ? いたよ」

『・・・?・・、・・・・』

「違う、新星堂の前の本屋」

『・・・、・・・?・・・・・・』

「うん、そう。・・・ヒッ、わかったー」

『・・ ・・・・・、・・・』







えーと名前、こっちの名前なんだっけ・・・。ジャス・・・ジャスデロ?
今此処で通話する双子の片割れの名前を思い出しながら、本屋の中から引っ張り出す。そしてそこで、代わってだって、そう付け加えられながらその携帯電話を差し出され、電話に出てみればの声がして、その向こうでもう1人の片割れの声がした。
よりによってもう片方のと一緒に居るのかよ。まだこっちのジャスデロと一緒に居てくれた方が、オレとしては良いんだけど。否どっちにしろオレは気に食わないと思うか。
舌打ちしそうになるのを堪えて、電話の向こうで楽し気な声でオレに喋りかけてくるの話を聞く。







『今から一緒にカラオケ行こうって話になってね』

「ふうん」

『お兄ちゃんも行ってくれるよね?』

「・・・いいけど別に」

『やったあ!じゃあ先にデビと部屋取っとくから、デロと一緒に来てね』







オレに拒否権があるわけもなく。大体男2人に対して女1人、しかもそれはオレの彼女で大切な妹だ。疚しい事が何も起きなくともオレがそんな状況を許せるわけが無い。たとえ従兄弟であろうが友達であろうがそれは変わらない。
・・・、過度な束縛をするつもりは無いけれどのことになるとどうも自制が利かなくなる。何でこんなにも腹立たしいのか、ぐるりと考えを廻らせてみても思い当たる節は見当たらず。強いて上げるならば今朝のお預け・・・か。けれどオレ自身そんなに余裕が無いとは思っていない、つもりだ。







電話を持ち主に返せばそれと入れ替える様に腕を捕まれ、コッチ!と勢い良く引き摺られる。目の前の派手な金髪を見ながら、深く長い溜息を吐いた。





















(08/01/25)