日は沈んで月が高く昇る頃。私は自室でひとり葛藤していた。
どうしてもまだ慣れない。彼はいつでも良いのだというけれど、向こうには向こうの都合があるだろうし、もし都合が悪い時だったら何か悲しい。否、かといって相手の都合を全て把握しているのも気持ちが悪いのだけれど。どういうタイミングでいけばいいのか、難しい。結局うんうん呻って悩んだ結果、また今日もやめておこうという結末になるのだ。明日指摘されることが目にみえていても、どうしても出来ない。
「とかなってるかなあ、と思ったのでオレからかけてみたさ。今暇?」
「ひ、ひま」
携帯電話をそっと充電器に繋げ、読みかけの本に手を伸ばした瞬間のことだった。――、着信メロディがけたたましく鳴り響いたのは。
受話器向こうから聞こえてきた声に、ドキドキしつつホッとしたのは内緒である。何にドキドキして、何にホッとしたのかは自分でもよくわからないけれど、兎に角、これで明日「また昨日もかけてくれなかった」と指摘されるのを防ぐことができた。・・・筈。
「良かった。は今何してたんさ?」
「え?え・・っと、なんだろう?」
電話かけようとして、出来なくて、やめてました。ってそんな事が言える訳もなく適当に笑ってごまかすと、ラビが何だかニヤついたような声を出してきた。
常々黙っていれば格好良いのにとは思うけれど、私はきっとラビの"そういう所"も含めて好きなん・・・うわわわ、恥ずかしいな。何を考えているんだ私は。
「もしかしてオレのことでも考えてくれてたさー?」
「へ・・・」
「なーんちゃって。ま、オレはの事考えてたけど」
「・・・」
「?」
無言の私は、心臓をばくばく言わせながらも、どこか頭の片隅で携帯電話を持つ手がブルブルしたのは何でかなあ、と考えていた。多分ラビの言葉にドキドキしたのと、若干の薄ら寒さを感じたからだ。寒くもないのに歯の根が合わなくなったりして可笑しいったら。
「もしもーし、ちゃん?」
「あ、ごめん」
「何で謝るんさ?謝られると何か寂しいんだけど。」
「ごめ・・じゃなくて、えーっと」
ザ・泥沼。さっきの薄ら寒さで肩の力が幾分か抜けたけれど、どうにもまだやっぱり頭がうまくまわらない。こういう場合は何て言えばいいのかなあ。
「んー謝んなくていいからさ、」
「う・・うん」
「ラビって十回言って」
「・・・」
「嫌さ?」
「や、じゃない」
答えられずにいる私を見かねたのか、笑いながらそう言ってくるラビ。突破口が開けたのは感謝したいけれど、ラビの言うことって何処かしら恥ずかしいような気がしてならない。・・・て、私がこんなこと言えた立場ではない。
「ラビ」
「ん」
「ラビ、ラビ、ラビ、らび、らび、らび、らびらびらび」
「今最後ん所早口にしたさー」
「だって」
「言い訳禁止。罰として明日予定空いてるならオレんちに来ること。」
「・・・罰じゃなくても、行くけど。」
「え、マジさ?オレに会いに?」
「ち・・がくないけど、本を返しに行」
「オレに会いに来るんさ?」
「・・うん」
恥ずかしいやつめ!と言いたくなったけれど、やめておこう。悔しいことに、私も充分に恥ずかしいやつなのだから。しかし恥ずかしいやつのくせに、どうにも恥ずかしいことになれない私は、何という矛盾の塊だろう。もういっそ羞恥心なんて捨ててしまいたい。
携帯電話を耳に当てながら、羞恥に軽く蹲ると受話器向こうでラビが嬉しそうに「楽しみさー」なんて言っているのが聞こえて、どうでもよくなった。
「はふ」
「何さ、その可愛いため息」
「え、・・・そんなんじゃない、」
「んー?」
「・・・ん、」
「あ・・・あー、」
「?」
突然。今度はラビがうんうんと呻りだして、さっきとは逆の立場になってしまった。
私はただ疑問符を浮かべたまま、どうしたのと聞くしかできず。けれどそれでもラビは呻っていて。聞こえてないのかな?・・・いやそんな筈もないか・・・。
「ー?」
「なあに?」
「はほんっとに可愛いさね」
「え、?」
「明日やっぱり迎えにいくさ」
「? う、うん。」
「うん」
意味もないような言葉をお互いに復唱して、妙な雰囲気になってしまった。
・・・やっぱり電話って難しいな。よくわからない。電話じゃなければもっと、こんな風じゃなくて、普通に話が出来るのに。少しだけもどかしい。・・・けれど、少しだけ新鮮だ。
「と目見ながら話たいさ」
「そ、・・だね、私も今何となくそう思った」
「あ、電話が悪いわけじゃないさ?」
「うん、わかってる」
お互いに思ったことも同じようで、自然と口元が緩んでしまう。電話で話をしだしてから何度目かわからない、受話器向こうのラビの表情を想像して、また笑った。
予定じゃあ午後から会いにいこうと思ってたんだけれど、少しくらいなら早く会いにいっても大丈夫かな。・・あ、迎えにきてくれるんだっけ。・・・それでも何となく、私から会いに行きたいと思った。だからラビには内緒で、私から会いに行こう。
――、そんなことを心に秘めつつ、その後も違和感の残る雰囲気でラビと話をした。違和感があっても、それでも、どちらからも中々おやすみを言い出せなかったのはきっと、
言うまでも無く、
(08/11/07) (閉じる)