「さて、終ったし何処か遊びに行きません?」

「そうね、って・・あ、あれ? っ?!」

「私ちょっと用事!アレンとリナリー二人で遊びに行ってー!」









振り向いたリナリーとアレンの目には、今しがた出てきたばかりのホール(兼体育館)へ逆戻りしていくの姿が見えた。日もまだ高くて家路に着くには勿体無くてホールから溢れ出た生徒は各々が楽しそう自己紹介したり早速遊びに行く話しをしている。アレンとリナリーとは進学の関係で同じ学校からまた同じ此処の学校に進学・入学してきた、所謂元クラスメイトで同級生で既に別けられているクラスでも幸運な事に皆一緒だった。つまり今日は入学式なわけで。



















幸せな結末は最後のページ



















「あ、あのさっき此処に居た眼帯の赤い髪の先輩は何処にいますか?」

「・・・ラビの事か」

「え・・・!?・・・と名前はちょっと判んなくて、」











ホールに逆戻りした私はとりあえず、腰辺りの高さの段差の舞台上に立つ綺麗な女の先輩に話しかけた、はず、なんだけれどその先輩の声は男で、よく見れば着ている服も男物で、あの先輩がラビだという名前を知れた喜び以上に彼が男だという事への驚きが上回ってしまった。









「おい、デイシャ。ラビ何処行った」

「神田が知らないのに俺が知ってるわけねえじゃん。」

「チッ・・・それもそうだな。じゃあ屋上か図書室か保健室行ってみろ。・・・オイ聞いてるか?具合わりーのか?」









ポカンとしてそのカンダと呼ばれた先輩を見ていた私は、そのカンダ先輩が顔の前で手を振って始めて意識がこちらに戻ってきた。まさか男だなんて、いやいやそうじゃなくて、屋上か図書室か保健室って言われても場所が判らないんだけどソコまで聞くのも失礼かな、なんて思ってとりあえずすみません有難う御座いますと言ってその場から離れた。









「屋上って階段上っていけばいけるのかな」









一人でブツブツと人気の失せている明るい校内を歩き回る。慣れない学校だから仕方ないにせよ、此処を歩き回っている自分に自分で不信感が湧き出してきて仕方ない。外から見れば4階建てだったから4階からの階段を上りきれば屋上に行ける筈、そう思って適当な階段を上っていくとその階段は4階から上に行く道はなくソコですっぱりと止まってしまっていた。









「・・・?・・・??」









どうやって屋上に行けばいいかわからず、とりあえず一本の長い廊下だし端まで行ってみるかと歩きながら、高くなった目線から見える窓の外を眺めた。慣れない環境に不安と興奮がぐるぐると気持ちを支配して歩く足が速まる。早くあのラビっていう先輩に会って告白して、告白し・・してどうすんの?え?付き合いたいから告白するの?









「え、ちょっと私もっと真剣に色々考えたほうが良いんじゃないの?一目惚れして、だからそれを告白し・・・なんでそれを告白すんの?・・・私何がしたいの」









私は私自身がよくわからなかった。一目惚れなんて初めてだった。人を好きになるってこんなにも幸せな気分になるのか、っていうくらい浮かれまくって、この気持ちをどうにかしたくて、体は自然とラビ先輩の方に向いてったけど、けど、・・付き合うとか考えてなかった。告白するってことは付き合いたいって事だよね、多分。え、でも何も今日じゃなくても、もっと先輩の事知って、先輩にも私の事知ってもらってからで・・も・・・。私何してるんだろう。









そんな考え事を悶々としていたせいか廊下の端まで着いた際に、そこから飛び出してきた人とぶつかって後ろに倒れてしまった。どんくさい事この上ない。









「いったぁ、ごめんなさ・・」

「わり、大丈夫?って、おう、シマシマ」

「は?」









頭を打つことは無かったものの背中を強打したらしく体が重たい。そして上から降ってくる謝罪の言葉と意味不明な言葉に何のことかと顔を上げれば探していた人物が。そしてその目線の先は、こけた際に捲れたのであろうスカートから出ている下着が、ってこんな中継してる場合じゃないんだよマジで!慌ててスカートを直すと、上からまた声がと共に起こすための手が出てきた。









「マジでごめんさ」

「あああの私もすみませんでした」

「いいさ、オレいいもん見せてもらったし」

「・・・。あっあれは!」

「あははははは」









差し出された手に甘えて縋り、立ち上がって制服についた埃を払うと手を握ったままそう言われ笑われた。弁解の余地も無くとはまさしくこのことか・・・!しかし何て最悪の出会いなんだろう、いきなりパンツ見られた、いきなりパンツ・・・もう絶対このパンツはかないはくもんか捨ててやる!パンツのばかっ!









「ところでこんな所で何してたんさ?」

「! あ、あの」

「うん?」









パンツの事で泣きそうになっていた私の頭はすぐさま切り替わる。そうだ、本当の用件(本題)は此処からなんだ、あ、どうしよう、結局考えてない。何て言えばいいのかなっ、口篭ってるのもおかしいし、「あの」の続きは何て言えば?っていうか私今言わなくても、でも今言わないと次はないかもしれないし、ああどうしようどうしよう!









「せっ先輩に一目惚れしました、それで・・・っ」









・・・それで・・・?!それで、何て言うの?すすすすきです、付き合ってください?いきなりそれで良いの?変て思われない?だけどもう一目惚れしましたって言っちゃったし、あ、やばい涙出そう。私こんな変なところで泣き虫だったっけ。頭が熱くてうまく物事が考えられない。









「それで?」

「・・・、」

「オレのこと好きなんさ?」









馬鹿みたいに黙ったままの私に見かねたのか、優しく笑いながら先輩は聞き返してきてくれた。とりあえずそれに何回か首を縦に振ると頭にポンと手を置かれてそのまま撫でられ、軽く心臓が跳ね上がる。ダメだ、こんな事ならもっとちゃんと計画的に動けばよかった。だけど頭撫でられてラッキーとか思ってる辺り私ってまだ結構余裕あるんじゃないのかな。嗚呼呆れるよ自分。









「オレに彼女居たらどうするん?」

「!」

「あれ、考えてなかったんさ?」

「・・・す、すみませ・・・ん」









言われて初めて気付く。唐突に驚いた顔をして見せた私に先輩も驚いたらしく、私がポツりと謝ると先輩はまた笑い出した。・・・ダメだ、私今日ダメだわ。さらば私の純情、そして本当にすみませんでしたラビ先輩。いつも大抵何でも数回でこなせるから私は私自身もう少し要領が良いかなとは思ってたんだけどそれは私の思い上がりだったらしい。









「あああの本当すみませんでしたごめんなさい有難うございました!」

「え?ちょ、待つさ!」









ふ、やばい、涙出そう。柄にも無く落ち込んだか私、そうか落ち込んでるのか。涙が目から1ミリでも出る前に早急に失敬しよう。そう思うが早く、一気に言葉を吐くと同時に私は階段を駆け下りた。さようなら私の青春、できればもう一度別の形で来てね!今度はちゃんと人生計画立てとくからっ。後ろからかかる先輩の声を振り切ってその日は直行で家に帰り盛大にヤケ酒をした。こんな日くらい飲酒解禁だよ。









翌日。









「あ゙あ゙あ゙ー」

「あの、さん大丈夫ですか?」

「だいじょばない、頭痛いー」

「なら無理しない方が良いんじゃない・・・?」

「いや、でも初日から欠席なんてできないし」









家の方向が同じアレンとリナリーと共に決して学生らしくない顔つきで登校する私の頭の中は只今盛大に鐘が打ち鳴らされています。ぐわんぐわんしてるよ、コレ二日酔いじゃん、っていうか私昨日に引き続きただの馬鹿じゃん。爽やかで健やかな顔で心配してくれる二人に昨日ヤケ酒をしたのが頭痛の原因なんて口が裂けても言える訳が無い。せめてもの頼みは朝飲んできた液キャベ。・・・誰?今おやじくさいって言った人。液キャベは結構効くのよっ。(こんな事でいばれないけどっ)









「あ、今日朝礼ですね。全校集会。」

「マジ」

「本当に無理しないでね?無理そうなら私に寄り掛かっていいから」

「うーん、多分平気、アリガトリナリ−。良いお嫁さんになるよ」

「こらこら不純同性交遊ですよ」

「そんな事いうアレンが不純なのよ」










靴を履き替えクラスに鞄を置き人波に紛れてホールへと移動する最中、リナリーに抱きついたらアレンにそう突っ込まれた。同性交遊って異性より危ない気がする。ううん、流石アレン。そんな下らない事を考えている間にホールにつき、ざわつく生徒に混じって自分達の整列すべき場所へ。そういえば昨日此処でラビ先輩に一目惚れし・・あ、やべえ泣きそう。うう。









「あれっ昨日のシマシマちゃんじゃん。おっはー」

『!?』









その声がした瞬間周囲のざわつきが微かに止み、そしてまたざわざわ。俯いていた顔を上げて声のする方を見れば昨日の今日のラビ先輩。ああ今日も格好良ろしく・・・。ん?てかちょっと待って、先輩がこっちくるよ。しかも笑ってるよ、しかもシマシマちゃんて誰の事?もしかしなくても私?え?私?もしかしなくても昨日のシマシマパンツの事?・・・死にたい。









「どしたん?なんか元気無いさね」

「い・・いや、元気です、めっちゃ元気です!」

「・・・そ。なら良いんさ」









ああ先輩が笑った。その顔は格好良くて可愛くて、どうしよう、諦めた筈が・・・これは試練なの?神様は私が嫌いなの?うちは真言宗で神様なんて絶対パンチパーマだけど!・・・パンチパーマな神様に嫌われてるなんて何だか腑に落ちない。って、そうじゃない。またね、って笑いながら頭を一撫でしていった先輩に心臓がぎゅう、と締め付けられて、ダメだ、また惚れ直す。









「本格的に気持ち悪い」









新学期故に長ったらしい校長の挨拶の途中で口から滑り落ちた言葉に横に居たリナリーが反応する。あー液キャベさんだけじゃ役不足だってことですか神様。パンチパーマとかもう文句言わないので今すぐ嘔吐しそうなこの胸の気持ち悪さを治して下さい。こんな時ばかり神様を頼る罰なのか更に気持ち悪くなっていく鳩尾の辺り、横でリナリーが先生に言おうか?と聞いてくるがそれすらも答えられない。









「・・・っ」

「辛いなら無理しちゃダメよ」

「はー・・っ」









何とか首を横に振って大丈夫とリナリーに告げながら、半分自分にも言い聞かせる。本当に新学期早々から失敗ばかりでツいてない。どうしたらいいんだろう。今年は細木先生風に言うと大殺界ですかアハハ。・・・だめ、まともな事考えられない。つーか校長先生いい加減にして下さい。冷や汗すら流れてきそうな最悪の状態の中、なんとか朝礼が終わるのを只管待っていた私は正直偉いと断言しておく。











「あうー」

「今からでも保健室に行った方がいいんじゃない?」

「うー・・ちょっとマジでそうしたいかも」

「じゃあ一緒に」

「いっいいよ、平気!歩けない訳じゃないから、本当、」

「でも途中で倒れたり」

「しないって・・!リナリーってばお母さんなんだから」

「・・・、じゃあ早く行っておいで、私先生に連絡しとくから、」

「うん、ごめんお願い」









朝礼が終わり一気に移動し始める人波になんとか逆らって別棟にある保健室へと足を運ぶ。リナリーは心底心配してくれているのか、付いて来たそうだったけれどこんな事に巻き込む訳にも行かず。別棟に入れば外の喧騒は嘘の様に遮断され静まりかえっていて、思わず小さく溜息を吐いた。自分でも覚束ないと確信できる足取りと重い体で記憶の中の保健室への道を辿る。









「っきゃ・・い、いたっ・・(くない・・・?)」

「うわわっ はっ、あっぶなー!」

「!? (え・・・えええええ)」









一度あることは二度三度、昔の人の言う事は的を得まくりだと思う。絶賛前方不注意で歩いていた私は曲がり角から出てきた人に衝突して後ろに倒れ込みそうになるも、腕をひかれて倒れこむことは無かった。代わりに上から降ってくる声は聞き覚えがありまくる・・・っていうかこのシーンも覚えがありまくるわけで。









「シマシマちゃん!」

「えっあの (もう何かあだ名化してる!?)」

「ごめんさー、今度は大丈夫だった?やっぱ痛いトコある?」

「なっななないです!すみませ、私前見て無くてそれでまた 本当にごめんなさい!」









先輩にその気がなくともぎゅう、と腕を掴まれた挙句に顔を覗き込まれて喋られると色々と勘違いをしますというかもう恥ずかしすぎて何も考えられないというか!自分でもわけのわからない日本語を捲くし立てて首をブンブンと横に振ると、一安心したのか先輩は笑ながらもう一度謝ってくれた。なんていうか、私ってすごい莫迦・・・!









「あっはは、昨日と同じさね」

「そ、ですね・・、あ、あの本当にごめんなさい」

「良いって、オレが前見て歩いて無かったからだし」









私は先輩の話す言葉を聞いて返すのに必死になり過ぎていて、この時ばかりはさっきまでの今すぐにでも嘔吐しそうな気持ち悪さは吹き飛んでしまっていた。そしてそんなことよりも気になるのが、体勢を整えてちゃんと立った今もなお握られている腕で、多分離すのを忘れているだけなんだろうけどもソレが嬉しいやら恥ずかしいやら、そこばかりが不要な熱を持ってしまう。









「あれ?ところで何処行くんさ?」

「あ」









そして思い出せば直ぐに襲い掛かってくる嘔吐感。浮かれまくりの気持ちを飲み込むようにして、胸中をじわりじわりと覆い尽くしていく。先輩にどう告げようかと必死に頭を回転させたのが仇になったか、一瞬だけ嘔吐感の辛さに顔をしかめてしまい、先輩の表情も疑問を持ったような様に変わる。









「保健室、に 行こうと思って」

「ああ、そっか、やっぱ具合悪いんさ?」











首を軽く振りながら曖昧な笑顔になってしまっただろう顔でそう言うと、納得したような様で返されて一瞬戸惑う。そしてその後に続く「でも今保健のセンセーいねぇんだよなー、どーっすっか」の言葉に更に戸惑う。なんかもう本気で大殺界かもしれないとか思いながら、無意識のうちに嘔吐感に口元を手で押さえると先輩が慌てて大丈夫かと声をかけてきた。









「・・すみません、ちょっと気持ち悪いだけで」

「嘘じゃん、かなり気持ち悪いっしょ?朝より顔が真っ青」

「あ・・あはは、そんなこと、」

「・・無理して笑わんでいいよ、オレが一緒に行って薬とか見てやるさ。」









おいで、と続きに言われながらそのまま腕を引かれて強制的に保健室へと向かう私。情けないとは思いつつも嬉しいと思っている自分に何度目か判らない呆れに襲われる。ここ2,3日で一気に自分自信が嫌いになった気がして仕方が無い。ぐるぐると胃が回転する様な気持ち悪さに、思考が昨日の先輩とのぶつかった時の会話にぼんやりと飛んでいく。ああそういえば私は先輩の事諦めたんだっけ・・・。









「えーっと気持ち悪いのの原因は・・・もしかして風邪とか?じゃあ熱とかも・・」









保健室に着いて早々、椅子に座る私の前で薬のある棚を漁る先輩に聞かれてハッとする。なんて言おう。自棄酒しましたなんて言えるわけ無いし、うわ、どうしよう。そのまま頷いてしまえば良かったのに要領の悪いらしい私はただ固まって動くことが出来なくなっていた。見かねた先輩は近寄ってくると私の額に手を伸ばして熱をみようとしてくる。









「っ・・・!」

「・・・そんな緊張しなくても取って喰ったりしないさー」

「す・・すみませ、ん」









額に手が触れた瞬間に体中に力が入ってしまって思わず息を飲んだ。それに気付いた先輩は微笑してそう言うと熱は無さそうさね、なんて呟いてまた薬のある棚を漁り始めた。額の先輩に触れられたところからじわじわと広がる熱に軽い眩暈を覚える。先輩のことを諦めた筈が今のことを切欠にまた膨ら見始める先輩への好意。先輩の彼女から先輩を奪うとかそんな事は絶対したくないのに気持ちが一人歩きを始めてブレーキがかからない。









「あの・・・先輩、」

「ん?」

「・・・、先輩の彼女ってどんな方か聞いてもいいですか」









胸中を覆いつくす不快な圧迫感は、二日酔いのせいの吐き気だけではない。手に入らない人を好きになり過ぎた時のどうしようもない程膨らんだ愛しさと子供染みた独占欲と色んなジレンマ。心臓を取り出してしまいたいと思う程に苦しくて膝の上の自分の手をぎゅ、と握り締めた。私の喉から出た声は少しだけ掠れ気味になっていて聞き取り難かったかもしれない。先輩が聞き取れなかったならそれでいい、でもちゃんと聞こえていて欲しい。どっちの願望も本当でそれ故にどっちも苦しい。









「・・・。」

「・・・っ、」









ぽかんとした表情を見せる先輩に、聞こえてしまったらしいと確信して、答えてくれない先輩に早くも後悔する。やっぱり余計な事を聞いてしまったのだろう。嫌われてしまったらどうしよう。いっきに押し寄せる泣きたくなる衝動に唇を噛み締めてなんとかそれを殺した。嗚呼私って本当に要領が悪いんだ。今の発言の結果に煽られて嘔吐感が強さを増した。









「オレ彼女いるなんて言ったっけ?」

「・・・へ・・・?」









なんとなくもう人生の終着が見えそうな所まで逝っていた私に、先輩はとてつもなく明るい声でその質問を投げかけてきた。言葉の意味が理解できずに私はたまらず状況に不似合いな声を上げてしまった。だって最初に告白した時に彼女いるようなこと言ってた・・・筈・・・(何か自信なくなってきた)だし。









「せ・・先輩が私に"オレに彼女居たらどうする"って聞いたじゃないですか」

「でもオレは"彼女いる"とは言ってないさ。それ言おうと思ったらシマシマちゃんは帰っちゃうし」

「・・・。」









なんていうか私は本当の莫迦らしい。少しだけ後ろめたい安堵感と自分の早とちりと情けなさに、思わず膝に頭を着けて体を丸めた。どうしよう真面目に恥ずかしい。どうやって顔上げよう。どうやって、どんな顔をして、先輩の顔を見よう。むしろもうこのままダッシュで逃げてしまいたい。今すぐ消えてしまいたい。体が焼けそうな程の羞恥に頭を抱えて耳を両手で塞いだ。









「ご・・めんなさい、本当にごめんなさい、私の早とちりです、忘れて下さい、すみません本当にごめんなさいっ」

「いやいや、オレも悪いからオレもごめんさ」

「・・ううっ、」

「ええ?!ちょ、何泣いてんさ?!ごめ、オレそんな・・・!」









手で顔を少し覆ったまま、頭を上げてなんとかいっきに謝った。そんな私に先輩は微かに笑いながら謝ってくれて、もうなんかとてつもなく自分がダメに思えて自己嫌悪の底に沈んだり先輩のその顔が好き過ぎたり彼女がいないのが嬉しかったり、とにかく気持ちがいっぱいいっぱいになって次から次へと出てくる涙を止めることができなかった。私が泣き出したことに驚いて慌てる先輩は、私の顔を覗き込みながら目縁の涙を指で拭ってくれたりする。でもそれは更に私の涙と先輩への好意を煽ってしまって、









「っう・・ せん ぱ い、」

「ごめんさ、本当わるかっ」

「好き・・っ て、も・・いっかい、言ったら っヒっく・・・迷惑 ですか・・っ?」









私の涙を拭ってくれている先輩の服の袖を握って、何もかもそのままに伝えるとまた先輩は驚いた顔をして見せた。先輩の言葉半ばで言ってしまうほど我慢できなくてもう一度きちんと伝えたくて、彼女がいないなら私に少しでも可能性があるって信じたくて、我侭で自分勝手なんて判っているけれど抑えることもできない。未だに泣き続ける私に、次に先輩がかけてくれた言葉はなくて、その代わりに私の唇に先輩の唇を強く押し当てられた。









「・・・、泣きながら言われると案外ヤバイもんさね」

「っ、え・・」

「オレも好きさ。で、順番ちょっと違うけど、名前、ちゃんと教えてくんない?」









一頻りした後に合わせていた唇を離されると私の涙は驚きやら何やらで完全に止まっていた。先輩の言葉を理解するまでに暫くの時間を要してから慌てて改めて名前を名乗る。先輩は私の名前を、、と呼びながら私の唇を親指で撫でてもう一度、今度は触れるだけのキスをされ、その後少しの間は状況が飲み込みきれずに軽くパニックに陥る。









「大丈夫さー?」

「ええええっと大丈夫です ?」









ちょっと待て落ち着け私。先輩は可笑しそうに笑いながら私を眺めているけれど私は笑う余裕なんてこれっぽっちも無い。状況整理さえもままならないまま、再度名前を呼ばれて反射的に返事をすると、先輩は改めて、









、好き、オレと付き合って?」

「! ぁ、は、はい・・!」









改めて、笑いながらそう告げてくれた。これが夢で今もし覚めたりしたら絶対私絶望で死ぬっていうかこんな都合よく事が運んでてもしかして本当に夢じゃないんだろうか。目の前で笑う先輩がやたら格好良く見えたりするのはアレだ、多分こんな状況になってるから更にそう見えるんだ。じゃなきゃこんなに、それこそ本当に吐きそうな程心臓がぎゅ、となったりしない。









「じゃ、ちょっと話ずれて悪いけど口開けて」

「へ ? ん、んぅう!?」









現を抜かしていた最中にいきなりそう言われて慌てて意識を今に戻せば再度唇を合わせられて、先輩の言葉を理解しない前に開けていた口の中に舌を差し込まれてさっきよりも酷いパニックを起こす。けれどそのパニックは頭の中だけのことで体はどうして良いか判らず石の如く硬直して先輩のしてくれることをただ只管受けるだけで。そしてそんな事を全て一掃するかの様に口内に舌で何か押し込められて唇を離された。









「それ舐めるタイプ?の風邪薬さ。吐き気止めも入ってるって」

「・・・あ ありがとうございます」









口の中にある微かに苦くて甘い固形の物を舌で転がしながら未だに脳内を整理しようとする。私って適応能力とかそういうの弱いんじゃないかなー・・半分現実逃避してる頭の一部分がそんな事を考えた。・・・。あ・・あれれ。よくよく思い出せば今のって口移しっていう奴じゃないですか?世に言う口移し?・・・。ああああ、ちょっとまってこれ本気で夢なんじゃ、私卑猥な夢みすぎだよ、起きろ!いや、起きたくないけど!瞬間、聞こえてきた先輩の笑い声で1人で百面相していた事に気付いて羞恥心に火がつく。もう本気でしっかりしろ私・・・!









「ん・・・吐き気どう?」

「あ・・」









保健室に来た目的は何処か記憶の彼方に飛ばされていて、今更思い出したところでさっき貰った薬が効き始めているのか、それとも先輩と付き合えるという喜び云々が吐き気より勝っているのか、大して気分は悪くなく何となく出た言葉は曖昧になってしまった。









「ま、いいや。とりあえずベッド行くさ」

「で、も 私そこまで気持ち悪くな」

「くてもオレに付き合って、ね? 嫌?」









嫌?って聞きながら腕掴んでベッドに強制連行されてる場合はどうやって答えを返したら良いんでしょうか!居る筈のない心の中の師に問いかけたところで唯の独り言。色々とあやふやなままベッドの前まで連れて行かれて、先輩はそそくさと1つのベッドに乗り出した。眠いと連呼しながらで何だか先輩が可愛く見える(色眼鏡)。私は特に何も考えずにその隣のベッドへと足を向けると再度腕を引っ張られて先輩にの乗っていたベッドに半分転ぶようにして乗っかった。









ー? 付き合い始めたんにわざわざ別のベッドで寝るん?」

「え?あの・・え?」









待って待って先輩の言ってる意味がよく理解できません。私のそんな様子は軽くスルーしてごそごそと布団に入り込み隣をポンポンと叩く先輩にようやくまともに理解する。いいいきなり隣に寝るとか!抱きあうならまだしもいきなり寝るって!なんか吐き気とかどうでもいいからこの場から再度逃げ出したい。ベッドの上に膝立ちのまま硬直している私に、先輩は一度くすりと小さく笑ってみせた。あああやばい恥ずかしい。益々恥ずかしい。









「・・せんぱ」

「寝ないと具合良くならんさ、早く。」









有無を言わせずとはまさにこのことだろうか。なるべく先輩の顔を視界に入れないようにして事務的な動きで一定の間隔を開けて先輩の隣になんとか寝てみた。なんとなく仰向けに寝てみたのはいいけど何処を見たらいいかわからない。少しでも頭を動かせば先輩が視界に入りそうで物凄く羞恥心を煽られる。こんなのってない。心臓がどっきんどっきんしすぎて逆にそれで気持ち悪くなってきたよ、どうしよう。









「そんなに緊張せんでもいきなり喰わんから、もっとこっちおいで」

「でででも」

「いいから」









いつの間にか先輩の方を向かされ挙句にまた引っ張られ(今日よく引っ張られるな私)がっちり先輩の腕の中におさめられた。心臓の音も息する音まで聞こえるしどうやって呼吸したら良いんだろうっていうか私の心臓五月蝿い!止まれ!もう止まっていいから!先輩の顔が近すぎてどうしたら良いか判らずに自棄で瞼をぎゅっと瞑ると額に何かくっついてきた。・・・。多分、今眼を開けたら先輩のどあっぷだと思う。









「ひぁ・・、っ」

「っわり、今のは不可抗力」

「わ、わたしも、すみません」

「・・、いいよ謝んなくて。今のの反応と声可愛かったさ」









ガチガチに緊張しまくっていた私の腰に回されていた先輩の腕が少し動き、突然のくすぐったさに思わず声をあげて慌てて手で口を塞いだ。先輩は一瞬驚いたような顔をしてみせても、直ぐに笑顔に変わってそう言いながらまた小さく笑った。なんていうかいちいちすること言うことが卑猥に聞こえるのは私が卑猥だからでしょうか。あああ・・・もう・・・なめんなよ恋する女の妄想!(もうダメだ私。ここが限界)









「とりあえず少し寝るさ」

「 は 、いっ!?」









頭がパンク寸前な所に更に追い討ちをかけるかのように、先輩は私の首元に顔を埋めて、腰をさらに自分の方へと引き寄せた。ど・・どうしてくれようかこの状況!?石造りの人形の様な私を嘲笑うかの様に先輩は早々寝息をたてはじめる。それでも唯一の救いは私の視界には先輩の顔ではなく髪が見えていて、さっきの顔を付き合わせたような状況では寝ることなんて出来なかっただろう。先輩の見た目からして柔らかそうな髪に遠慮がちに手を伸ばして数回だけ梳いていくと、不思議と全身をなんともいえない安堵感が包んだ。









そしてそのまま私自身も知らない間に先輩の頭を抱く様にして眠りこけてから2時間弱。教室の方で行われていた今後の行事等の説明に見事に乗り遅れた私は更に先輩を頼ることになり、入学してから2日目にして手に入れた幸せにいきなりどっぷりと漬かる事になった。





















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