私は偶に夢と現実を混ぜてしまうことがある。それは不意に浅くなってしまった眠りの時によく起こり体を動かすことはできなくて目だけが冴えていく。世に言う金縛りとは少し違う、けれどきっとその類だろう。その時私は無理に動こうとは思わずただ薄く開いた瞼の間から外界を眺めては、それを未だに変わらず睡眠を取り続けようとする脳内の霧がかった夢と重ね合わせて見る。自然と目の焦点が固定されて遠くを見ている様になり、最後にはそれが心地良くさえ感じ得てその目さえも動かそうと思わなくなる。



嗚呼今日もまた私は重なり合い融合した世界を見せられる様だ。体を横にした態勢のまま夢現に心を預けて考える。何時ものように暫くそれらを見ていればまた再び眠りにつくことになるだろう。そう思った矢先に私の眼は橙色の微かに滲んだ色と光を反射した。靄のかかった頭は目に馴染まない光に現状を把握しようと回転し始めて数度瞼を瞬かせたところでソレはテーブルの上のランプの光の色だと漸く認識した。そしてその光の滲んだ端に触れるようにして座っているラビの、ランプと同系色の髪の色の反射を見て彼が起きていることに気付く。そういえば私の背中側は人の気配や温もりが消えうせている。また本でも読んでいるのか、そう思ってから幾程も経たずに乾いた紙の擦れる音が聞こえて本のページが捲られていく様が目に浮かぶ。一緒に寝ていた私に対しての幾らかの配慮なのかランプの灯りはそれほど明るいとは言えず逆にこんな薄っぺらい明かりで本当に本が読めるものなのかと思わせる程で、このままではラビはきっと目を悪くしてしまうだろう。此処で起きてしまってランプの灯りを明るくするのはいとも簡単で直ぐさまできる、けれど私はそうはせず逆に、確定されたわけでもないのに、私への配慮というラビの気持ち、それが仄かに嬉しくて動きたくないと思ってしまうのだ。



そんな思考は次の紙の擦れる音で掻き消される。ふと見たラビの目は文字を追うために動いてはおらず、それどころか本も視界に入れていない、様だ。その行動の意味が理解できず暫くぼんやりと眺めては考える。その瞬間私の焦点はそこで固定されて他を見ることができなくなった。嗚呼もしかしてこのまま遠くを見ている様になってしまって考えることもままならなくなってしまうのだろうか。それは今の私には大層迷惑な話だ。ラビを見ているこの眼は唯それを映し返しているだけで脳まで心まで届いてこない。ラビをきとんと視たいのに。遠くを見ているような気分になりながらもラビに眼の焦点を、意識を、向けようと試みてもどうやらそう思い通りにはいかない様だ。私の体なのに今は背中から誰かにか操られているような感じさえしてしまう。静かな部屋にまた紙の擦れる音が響いても、新たに灯りに写されたそのページを見て読む人はいない。急激に色褪せて行く世界にかくりと体の力が抜けた。どうやらその瞬間から私の体は私のモノに帰ったようだった。なるべく音を立てないように腕に力を入れてベッドから起き上がって只管ページを捲るラビを、ようやくきちんと視界におさめる。



気付いていないのか、気付いてない振りをしているのか。どりらにせよラビが私を見ることは無かった。その薄い緑色の瞳はランプの灯りに同調して時折揺らめく以外は変化を見せない、静寂なんて言葉がよく似合っていて酷く悲哀を語るような瞳だった。別にラビは悲しいとも苦しいとも言葉にしていないしそれを聞いたこともないけれど、その瞳は私にはどうしようもないほどに悲しく、多少苦しんでいる様に感じてしまえてそれこそ私自身には理由も無いのに鼻の奥がツンと痛んで目にじわじわと水分が溢れてきてしまう。
































今のオレの頭の中は常に何か物事が組み合わされては解かれてまたそれを組み合わす、要は常に何かを考えては何処かに置き去りにする様なことが繰り返されている。それらはうとうとと舟を漕ぎ始めた頃にふと現れては荒波の様にその舟を岸まで押し戻してしまう。近頃は、またこれが多い。一定の周期をきちんと守る様にしてやってくるこの不眠の傾向は度々オレを悩ませては心身が疲れきり思わず音を上げそうになる寸前に嘲笑うかのようにして走り去っていく。また暫く耐えれば済むこと。割り切れている頭とそれに追い付くことの出来ない身体は一緒の筈が常にそれぞれが意志を持って一人歩きをしているようだ。それらの宿主であるオレからすれば大変な苦労で、もう全て誰かに預けてしまって空になったオレは泥のように眠って何も考えずに疲れを癒したい。そう思っている今でもまた新しい考え事は滾々とわきだす泉の様にオレの中に溢れかえって器を満たし遂には溢れさせていく。もうコレは考え古したことだろう?結果は判っているんだ。何度考えるんだ。



無意味に本のページの文字列を目でなぞり端までいけば次のページへと進む。あんなに大好きだった筈の本の内容が一文字もオレの中に入ってこない。認識しようと集中すればするほどその文字はバラバラと黒い床に零れ落ちていきその黒と同化して拾い集めることさえ難しい。字が読めるのに認識できない、こんな不愉快で腹立たしいことはない。オレは文字から読み取り理解する動作を忘れてしまったのか?これ以上今のオレに何を考えろっていうんさ。少しで良い、ほんの1,2時間で構わない、どうか眠らせて。文字をなぞるのも急に億劫に感じてしまい、夜が染み込んだ部屋に波紋の様に滲み広がるランプの灯りをぼうと眺めればまた考え事に意識を囚われ沈められる。普段ならこのままいけば瞼が落ちてくる筈なのに、この時期ばかりはそれが起こらない。転回していく思考に終わりが見えない。



そういえば何時からだろうか、何処でも直ぐに寝付けることができなくなったのは。エクソシストなんていう肩書きを持ってからは尚更だ。特定の場所か特定の人物の傍ででしか眠ることはできなくなった。それが叶わないなら誰かにか傍に居て貰わないと安心して眠れない。何かがいつも身の危険を感じさせているかなんて容易に判る。オレは思う。この手にしているイノセンス自体が常にオレ達エクソシストに安心することを許そうとはしていないのだ。身を護る為の、世界を救う為の武器は戦いに勝つことはできても安堵を与えてはくれない。それを身の側に置いていれば常に身の危険はつきまとう。そして虱潰しにでもその危険を一つ一つ消していかない限り本当の安堵なんて無いのだ。否その危険を全て消したところで全ては繰り返される仕組み故に危険は減ることは無く常に一定の量で生産されまたオレ達に削除される。じゃあこの平生の中でオレは何処に安堵を求めれば良い。エクソシストにそんなモノは不必要なのか。けれどこの身が無くなれば記録者としての使命は果たせずに終わる。そんなのは絶対に嫌だ。そのためにはオレは誰かの為にこの身を散らすよりも使命を全うする方を常に選択していかなければいけない。たとえその相手がであっても。・・・感情的になるのはオレの悪い癖だろう。傍観者としての立ち居地を直ぐに見誤り境界線を易々と超えてしまう。けれど傍観者に、記録者になりきれていない人間らしさの残る心の一部分が悲鳴をあげでそれを拒む。嗚呼オレは欲張りなんだ。ブックマンになると決めた筈なのにこの手から今の仲間が、が消えていくことを何よりも恐れて悲しんでいる。そんな感情は不要な筈なのに。そんないつかは消えてしまうであろう者に自然と安堵を求めようとしてしまう事は許されないことなのだろうか。オレはブックマンで居ながらエクソシストとしてもこの仲間の側に居たい。・・・、やめよう。底のない泥沼にはまっていくばかりで今は答えが見出せない。



時たまオレはオレ自身が仲間に対してでさえ不信の傾向が強く出ている気がしてならない。そしてソレを見抜いた奴も現にいた。オレは人を信じたいのか信じたくないのか信じられないそのことが悲しいのか。・・・、それが案外辛いもんだと思い始めたのはを見るようになってからだ。は誰に対しても優しくあって誰に対しても見返りをもとめない無償の愛情を全力で注いでくれる。何の得も無い事をどうしてそこまで、勿論オレに対してもそれは例外無く。そんなにも純粋で真っ白な気持ちを注がれるとオレがに対して注いでいる愛情が仮初の、嘘の様に思えてきてしまってオレはオレが嫌になっていく。を好きなればなるほどオレはオレが嫌いになっていく。が人に対して持つ気持ちは愛情そのものだ。好きの場合は自分の気持ちだけだけれど愛の場合は自分を省みない相手を第一に考える気持ち。オレは?オレは、を第一に考えては、いない。考えてはいけない。・・・これってさっき考えた仲間の側に、ってやつと同じじゃん。何を考えたいんさオレは。思わず溜息をつきそうになり喉の奥で飲み込んだ。そんなに今のオレは焦燥感や孤独感、侘しさを感じているのか?情けない、情けないけれど一度気付いたらそれは急激に増殖してオレの中を何ともいえない苦くて苦しい悲しみで埋め尽くしていく。
































何時の間にか本のページを捲る手は止まっていた。当たり前だ、読んでいないのだから。そして何時の間にか起き上がっていて此方を見ているに気付く。










「あ、わり。起こし、・・・え・・・?」










は息を引き攣らせることもなく唯静かにパタパタと涙を落としてシーツに染み込ませていた。何の理由で泣いているかまるで判らず椅子から立ち上がりベッドに座るの横に腰掛けると未だに泣き続ける目でオレを見てくる。










?・・・ど・・したんさ?」

「・・・私はどうもしないよ、ラビこそどうかしたんじゃ、」

「あ・・・ちょっと今日眠れなくってさ」










こんな時間に起きて本を読んでいるなんて、の意味だと思いそう返すと首を横に振られてますます意味がわからない。オレが訳もわからず只管流れ落ちる涙に取り合えずの頭を撫でると途端に呼吸を乱して目元を手で覆い堰を切ったように声をあげて泣き出した。彼女は泣きながら唯只管言う。悲しい。繰り返して何度も何度も言う。何が悲しいのかはわからない、けれど苦しくて悲しい。嗚咽を交えて時折引き攣る呼吸に引っ掛かる言葉にオレはさっき自分が考えていたことを思い出した。



・・・、オレの頭は物事を都合よく解釈するように出来ているのだろうか。・・・なあ、たとえオレが嘘だと感じてしまう愛情でもお前の手にかかれば少しは本物らしくなれる様な気がするさ。悲しい筈のその泣き声は何故だかオレには心地良く聞こえた。
































In an interval of drowsiness,

君のみせる夢は何時だってオレに優しく暖かい。
































(×閉じる) (07/03/10)