い遊えよ





















「痛っ、」




人がまばらな食堂で、私の髪を力任せに引っ張る奴はこの教団の中で1人しかいない。力加減を知らないのか、わざとなのか。強く引かれたままの髪に痛みを覚えながらも振り切るようにして、自分の後ろを見やれば、どことなく不機嫌そうな顔をしながら私を見下ろしているラビと視線がかち合った。




「痛い」

「呼んでもシカトするからさ」




ラビはそう文句を垂れながら私の隣に腰を下ろす。
シカト。ラビはそうして私に文句を言うけれど、廊下や談話室で私がラビを見かけたときに、私が何度呼んだって振り向きやしないんだ。あれは絶対にわざとに違いない。私をからかって楽しんでいるのだ。そんなラビに対して、私がこういう態度を取るのだって当たり前じゃないか。稚拙と言われようが、ラビがやめないならば私もやめる気はない。
ラビに文句を言われるたびに、私は毎回同じ悪態を心の中で吐きながら、横に座りしきりに話しかけてくるラビをシカトする。




は今日も可愛いさね。
 あ、そういえば今度一緒に任務あるだろ?
 オレ、と一緒なんてすっごく嬉しいさー。
 ・・・なあ、聞いてる?」




うるさいな。私はそう、口には出さずに、眉間にしわを寄せてオレンジジュースを啜った。
正直なところを言うと私は近頃のラビがよく解らない。元々存在自体が意味不明。・・・なのに少なからずも私がラビに好意を寄せているのは何故なのか。それはきっと最初は普通の仲だったからだ。近頃になってから、私たちの仲は、普通から変に捩れた仲に変化した。それもこれも始まりはラビ。私に非はない。・・・筈。思い当たる節がない分余計にそう思いたい。




「シカトすんなさ。悲しいじゃん。」

「・・・。」

「お話中すみません。ご一緒しても良いですか?」




食事の途中だったけれど、いい加減席を立って部屋に戻ってしまおうかと思った時、タイミングが良いのか悪いのかわからない所でアレンが現れた。今日も華奢な見た目に似合わない沢山の料理をトレーに乗せている。漏れそうになるため息を飲み込んで、どうぞ、とだけ返すと、お礼とともに笑って返された。
最初は、私とラビもこんな風に普通の仲だったのに。いつから、どこから捩れてしまったのか検討がつかない。ただ変化はとても急激なものだった。




ある時から突然ラビの私へのシカトが始まった。しかもそれは二人きりの時に限った話。当初私は困惑して若干落ち込み、原因を探ろうとした。けれども二人きりになると、どうしてもかわされてしまう。うってかわって、他のみんなと一緒だと、ラビのシカトは無く、私が何かしたかと聞いても、そんなことはない、少し調子が悪かっただけかもしれない、だの、そう言っては、アッサリとはぐらかされた。段々そんな遣り取りにも疲れて、私はラビに対して全面的に壁を作って接するようになった。しかしラビは、二人きりでなければ易々とその壁を叩き破り以前の様に接してくる。いや、以前よりも少し執着に、ありもしないだろう必要以上の好意という名の気持ちをチラつかせて接するようになった。それは私が壁を作れば作るほどに色濃くなり、ラビが私にしきりに好きだと言うようになる、まさしく今のような状況に至る。




「すみません、ちょっとお聞きしても良いですか?」




二人は付き合ってるんでしたっけ?
野菜が挟まれたフランスパンを口に詰め込みながら、アレンはそんなことを聞いてきた。私は指摘された「二人」を理解したく無かったか、思わずちらりと周りを見渡してみる。が、近しい所に人はいなく、いるとするならば、ジェリーさんの前で話をしている団員か、食堂の奥に座っている団員だけだ。今一番聞き入れたくない話題に、アレンに悪意は無いとわかっていても若干眉根を潜めてしまう。すると黙っていた私をいいことに隣のラビがあることないことを話始めた。




「まだだけど、これから付き合うかもしれないさ」

「そうなんですか?」

「お前聞いてなかったの?オレがを一生懸命口説いてたの」

「聞いてましたよ。聞いてたからさっきの質問をしたんじゃないんですか」

「・・・あ、そ。ま、聞いてたんなら横取りはしないでさ?」

「・・・考えておきます」

「は?何それどういう意味さ?」

「ラビの好きな様に捉えて下さって結構ですよ」




アレンもきっと悪ノリしたのだろう。柔らかい笑顔の裏側に黒い何かが見える気がしたけれど、私は何も言わずに愛想笑いを返して食器を片手に席を立った。一緒に食べようとやってきたアレンには悪いけれど今は少しでも早くこの場から居なくなりたかった。




「私用事があるからもういくよ、ごめんねアレン。」

「いいえ、またご一緒して下さい。」

「うん、じゃあ」




そう軽い挨拶を交わして歩き出せば、後ろからラビの静止をせまる声が聞こえてきた。聞こえない振りをして早足でジェリーの元へ行き食器を返すと、後ろを振り返らず食堂から出た。
















――。
















用事なんてあるわけがなかった。
教団の冷えた廊下を自室に向かいながら、さっきのラビとアレンの会話を必死に頭の中から消そうとする。しかし消そうとすればするほど脳の底にこびりついて、離れない。深いため息がもれて、いい加減頭を切り替えてしまえと強く念じる他は、結局何も出来やしない。
そうして意識が頭の中に沈み込んでいて、後ろから着いてきた足音に気づけなかったのが、この時の私の落ち度だ。一刻も早く、走ってでも自室に戻ってしまえば良かったのに、廊下をのろのろと歩きながら思考の波に耽っていたりするから・・・




再度髪を強く引っ張られて、痛さに驚いて振り返ればラビが至極つまらなさそうな、無表情の顔をその面に貼り付けて私を見ていた。髪を掴んでいたラビの手をどかし、何事もなかった様にして私はまた歩き出す。しかし今度は肩を掴まれて、立ち止まるよう強制させられた。




「何処行くんさ?」

「・・・関係ないじゃない」

「用事なんて無いくせに?」




ラビは喉の奥で笑いながら話しかけてくる。
変わらず強く掴まれたままの肩から、ラビに対しての嫌悪感がじわりと広がっていく。
そういえば二人きりの時に話かけられたのは久しぶりだった。今日に限って何で話かけてきたのか。最早理由なんて知りたくも無かったし、知ったところできっと私に得は無いと思った。




「なあ、はオレのこと好き?」

「手、離してよ。肩痛いんだけど。」

「痛くしてるんさ」

「・・・最低」

「ハハ、それはどうもありがとう。で、さっきのオレの質問の答えは?」




答えるまで離さないつもりなのだろう。肩掴んでいる手に一層力を込められて、肩がミシミシと泣くような気がした。
ラビという人間は、容姿に似合わず意外と暴力的なのだろうか。力でどうこうしようとする姿が何だか愚かしくて、ひどく悲しくなった。原因がわからずとも、もしも私がそうさせてしまっているのなら、これほどに悲しいことはない。違うとしても、結局無様であるということには変わりないのだ。私もラビも。




「質問にはなんて答えれば正解?」

「! ・・・。」

「はい?いいえ?」

「・・・"はい"が正解、って言えばそう言ってくれんるんさ?」

「うん。」

「へえ。」




ラビは私の肩から手を外し、至極冷めた目で私を見ながら、一度私の頬を強く叩き、これでも"はい"と答えるのか、と聞いてきた。
叩かれた頬がじんじんと熱を持って、焼けるような痛みが走る。そっぽを向いてしまった自分の顔をラビに向きなおし、頷いてみせれば、その私の態度が気に入らなかったのか、顔を歪めて、歪めた後に、乾いた声で笑った。




シカトされ、私が自分勝手に壁を作ろうが、嫌悪感を感じようが、頬を叩かれようが、結局ラビの誘導した正解は私の真実だった。何で上塗りしようとも、私の体の奥深くに根付いていたその感情が変化していくことは無かった。加えて私は、これから変化していくことを望むより、変化せずにいることを望んでいた。きっと足掻くことは徒労に過ぎないのだろう。それならば、もう。




「じゃあもっと酷い事しても正解が"はい"なら"はい"って答えるんさ?」




私が頷くとラビは笑った。空気に溶けてしまいそうな声で笑った。そして元来た廊下を歩いて戻っていった。私は呆然とその背中を見送って、その場に立ち尽くす。頬の痛みと共に、無音の廊下で。




痛みは熱を持ち、燻り火傷を錯覚させ、ただれさせていく。





















(08/12/07) (閉じる)